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長野地方裁判所 昭和61年(ヨ)12号 決定

債権者

西藤芳広

右代理人弁護士

横田雄一

債務者

日本国有鉄道

右代表者総裁

杉浦喬也

右代理人弁護士

宮下勇

右指定代理人

松田均

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は、債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し労働契約上の地位を有することを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、一二万八九七八円及び昭和六一年二月一日から本案判決確定に至るまで、毎月二〇日限り月額一五万三六〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は、債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  争いのない事実及び疎明資料によれば、債権者は、昭和五四年四月一日篠ノ井機関区構内整備係として債務者に雇用され、同機関区車両検修係を経て、昭和五八年三月一七日長野運転所電車運転士見習に転じ、昭和五九年三月二四日から同所電車運転士、気動車運転士兼務の業務に従事してきたこと、債務者は、昭和六〇年一二月二四日、債権者に対し、「昭和六〇年一〇月二〇日、一六時過ぎから一八時三五分頃にかけて、成田市三里塚上町二番地(三里塚第一公園)から同市三里塚四二番地(三里塚十字路)を経て、同二三七番地先に至る路上及びその付近において、多数の者が共謀の上、丸太(長さ約六メートル)数本、多数の火炎びん、鉄パイプ、角材、竹竿、木刀、棍棒、石塊などの凶器を準備して集合し、警察部隊に対し、丸太を抱えて突入し、鉄パイプ、角材、竹竿などで突き、殴打した上、多数の火炎びん、石塊を投げつけるなどの行為を行った事件において、一七時三八分頃、三里塚十字路方向から大袋方向に移動する鉄パイプ集団中の最前列付近におり、両手で鉄パイプを振り上げ、機動隊員の頭を狙って殴りかかるなどして逮捕されたものであり、その行為は職員として著しく不都合な行為である。これは、日本国有鉄道三一条に該当する。」との事由を付して、懲戒処分を行う旨の通知をしたが、同年一二月二八日これにつき債権者から異議の申立がなされたので、昭和六一年一月七日債権者に対し、弁明、弁護の機会を与えた上、同月八日に、同月九日付で日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)三一条、日本国有鉄道就業規則(以下「国鉄就業規則」という。)一〇一条一七号、一〇二条に基づき、債権者を懲戒処分として免職する旨発令(以下「本件免職処分」という。)し、同日以降債権者との雇用関係を否定し、債権者の就労を拒否していること、以上の事実が一応認められる。

二  本件免職処分の効力

1  本件免職処分の対象となる事実について

争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 本件三里塚十字路事件の概要

(1) 成田空港は、東京国際空港の混雑状況を解消し、航空輸送のひっ迫した需要を満たし、かつ航空輸送の安全性を確保することを目的として、新東京国際公団による国家的事業として建設が進められてきた。そして、昭和五三年には第一期工事が完成し、同年五月開港となった。その後、利用客も昭和五九年度には一〇〇〇万人に増え、通過空港としての役割も大きくなったにもかかわらず、A滑走路一本で発着の全てをまかなってきたところ、運輸省は昭和六〇年八月末ころ、B滑走路(横風用)、C滑走路(中距離用)の完成時期を昭和六五年度までと明示し、前記公団も昭和六〇年度予算に外周道路建設、昭和六一年度予算に駐車場増設を盛り込み、第二期工事着工の準備が整ってきていた。

(2) ところが、この成田空港の第二期工事着工に反対する三里塚、芝山連合空港反対同盟北原鉱治派は、「二期工事阻止、東峰十字路裁判闘争勝利、動労千葉支援、一〇・二〇全国総決起集会」をスローガンに掲げて昭和六〇年一〇月二〇日午後〇時三二分ころから、千葉県成田市三里塚上町二番地三里塚第一公園(以下「第一公園」という。)において、参加者約三九五〇名による「全国総決起集会」を開いたが、従前より右反対運動を支援してきた中核派などの過激派集団は、右集会を「今年最大の決戦」と位置付け、「空港突入、占拠、解体」を目標に全国からの動員を呼びかけ、これに応じて右集会には多数の過激派が参加していた。

右過激派集団は、予定の行動として、同日午後四時ころ、第一公園内に多数の角材、鉄パイプ、火炎びんなどのほか多量の投石用コンクリート破片をダンプカーで運び込み、午後四時二〇分ころ、これら凶器を携えたうえ、隊伍を組み、第一公園の北口から出てデモ行進に移った。

これに対し、千葉県警機動隊、警視庁機動隊等からなる警備陣は、右デモ隊が予め公安委員会に届け出た正規の経路を外れて空港方向等に向かうのを規制すべく、空港第三ゲートと三里塚十字路交差点の間等で警戒警備に当たっていた。

右デモ隊は、第一公園の北口から三里塚十字路に至ったが、正規のデモコースが右十字路を右折し大袋方向に向かう経路であったにもかかわらず、右十字路を右折せず、これを直進して約五〇〇メートル先にある空港第三ゲートに向かい、「機動隊せん滅」、「空港突入」などと叫びながら警備中の機動隊を攻撃し、まず長さ約六メートルの丸太数本を抱えた先頭集団が機動隊めがけ突進し丸太を突きあて、次に後続集団が鉄パイプ、角材等を振りかざして殴りかかったり、火炎びん、コンクリート破片等を投げつけるなどの暴行を加え、これに対する機動隊の放水と催涙弾の応酬により、付近一帯は約二時間にわたり、機動隊の輸送車の炎上、民家の屋根、窓ガラスの破損などさながら市街戦のごとく騒然とした状態となり、その結果、機動隊員数十名が重軽傷を負い、デモ隊側の二百数十名が凶器準備集合罪、公務執行妨害罪等により現行犯逮捕された。

(3) この過激派集団の機動隊に対する火炎びん等による攻撃などの過激な暴力行為の実態と多数の被逮捕者が出たことが当日以降テレビ、ラジオ、新聞等によって生々しく報道され、その後、右被逮捕者の中に公務員二四名、債務者の職員四名が含まれていることも報道された。

(二) 債権者の非違行為等

債権者は、昭和六〇年一〇月二〇日、右集会に参加し、ついで右過激派集団のデモ隊に加わり、いまだ本件三里塚十字路事件が鎮静化するに至っていない午後五時三八分ころ、デモ隊を三里塚十字路付近から県道成田・松尾線の大袋地籍方向へ排除しようとする機動隊と、後退を余儀なくされつつもなおも右十字路を経由して空港第三ゲート方向へ向かおうとしていたデモ隊とが衝突していた、右十字路から右県道を約一〇〇メートル大袋方面へ進んだ地点である、千葉県成田市三里塚七九番地岡本商店前路上付近において、警戒警備中の警察官に対し、鉄パイプで殴打し、多数の石を投げつけるなどの暴行を加え、右警察官の職務の執行を妨害し、凶器準備集合罪及び公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕され、引続き勾留され、捜査官の取調べに対し終始黙秘し、同年一一月一一日不起訴(起訴猶予)処分となり、釈放された。

債権者は、同年一〇月二〇日については予め年次有給休暇をとっていたところ、同月二一日債権者の父より頭痛を理由とする債権者の年次有給休暇の請求がなされたが、債権者の所在が不明であるうえ、右申込が債権者の父の知らない者からの依頼に基づくものであるということであった。その後、同月二五日債権者の友人清野光男と債権者の母が債権者の休暇届と弁護士の添状を持参してきたことにより、債権者が千葉刑務所に拘置されていることが債務者に判明した。

債権者は、釈放された翌日の同年一一月一二日午後三時三五分ころに至って長野運転所に出勤してきた。債権者は、所定の勤務を欠いたことや本件三里塚十字路事件で逮捕されたこと等についての債務者の事情聴取に対し、不当逮捕された旨主張するのみで、逮捕の際の具体的状況等については答えなかった。また、債権者は、再三にわたり債務者から始末書の提出を求められたが、これをも拒否し、債務者の右事件についての債権者に対する取扱いを非難するビラを他の債務者の職員に配布して回った。

2  債権者の非違行為の懲戒事由該当性について

(一) 企業は社会において活動するものであるから、その社会的評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるごとき所為については、職場外でされた職務遂行に関係のないものであっても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もありうるといわなければならない。そして、債務者のように極めて高度の公共性を有する公法上の法人であって、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体においては、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されているのであるから、その企業体の一員である債務者の職員の職場外における職務遂行に関係のない所為に対しても、私企業一般を通じた従業員との対比において、より広い、かつ、より厳しい規制がなされうる合理的な理由がある。

ところで、国鉄法三一条一項は、債務者の職員が同項一号の「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規程に違反した場合」に該当する場合においては懲戒処分をすることができる旨定めているところ、右の業務上の規程に当たる国鉄就業規則一〇一条一七号の「その他著しく不都合な行為のあった場合」という規程は、同条一六号の「職員としての品位を傷つけ、又は信用を失うべき非行のあった場合」という規程と対比すると、単に職場内又は職務遂行に関係のある所為のみを対象としているものではなく、債務者の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められる職場外の職務遂行に関係のない所為のうちで著しく不都合なものと評価されるがごときものをも包含するものと解することができる。そして、右規程は、更に具体的な業務阻害等の結果の発生をも要求しているものとまで解することはできない(最高裁判所第一小法廷昭和四九年二月二八日判決民集二八巻一号六六頁参照)。

(二) 本件につきこれをみるに、債権者の非違行為は、前記1に認定のとおり、職場外でされた職務遂行に関係のないものではあるが、成田空港の第二期工事阻止闘争に過激派の一員として参加し、公務執行中の警察官に対し、暴行を加え逮捕されたというものであって、著しく不都合なものと評価しうることは明らかであり、それが債務者の職員の所為として相応しくないもので、債務者の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認めることができるから、国鉄法三一条一項一号及びそれに基づく国鉄就業規則一〇一条一七号所定の事由に該当するものといわなければならない。

3  本件免職処分の相当性について

(一) 国鉄法三一条一項は、債務者の職員が懲戒事由に該当するに至った場合に、懲戒権者たる債務者の総裁は、懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる旨規定されているが、懲戒権者がどの処分を選択すべきかについては、国鉄法、国鉄就業規則ともにその具体的基準を定めておらず、また、疎明資料によると、労働組合との協約等にも債務者を拘束することとなる右の点についての具体的基準の定めはないことが一応認められる。したがって、懲戒権者は、具体的にどの処分を選択するかを決定するに当たっては、懲戒事由に該当すると認められる所為の外部に表われた態様のほか右所為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を総合考慮したうえで、債務者の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきであるが、右の判断については、懲戒権者の裁量が認められているものと解するのが相当である。そして、その裁量は、恣意にわたることをえず、当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものであってはならないが、懲戒権者の処分選択が右のような限度を越えるものとして違法性を有しないかぎり、それは懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできない(前掲判決参照)。

(二) 本件につきこれをみるに、債権者の非違行為は、前記1に認定のとおり、凶器準備集合罪、公務執行妨害罪等に該る犯罪行為であって、その具体的態様も反社会性の非常に高い過激な行動であり、付近住民に与えた不安、迷惑も図り知れないものがあり、これによる直接間接の法益侵害の程度や社会に与えた影響も極めて大きく、また、本件三里塚十字路事件後における債権者の態度も良好でないことが明らかである。右に述べたような諸事情を総合すると、債権者には本件以前には特筆すべき処分歴はないこと、及び免職処分の選択に当たっては、他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要することを勘案しても、なお、債務者が債権者の非違行為につき懲戒免職処分を選択した判断が合理性を欠くものといえず、本件免職処分は裁量の範囲を越えた違法なものということはできない。

三  以上の次第であるから、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、また、事案の性質上保証をもって疎明に代えるのも相当でないから、これを失当として却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 辻次郎 裁判官 岡田信)

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